死に物狂い

周りから影響を受けやすい人の日記

扉の向こう側へ―Wake Up, Girls! FINAL LIVE ~想い出のパレード~に行ってきました―

 物事を評価する際、何をもって「終わり」とするのかは実際のところ一義的ではないような気がします。続いているけれども終わっていると看做される(捉えられる)ものもあれば、その逆も然りであり、ともすればまだ始まってすらいなかった、なんてこともありえるでしょう。

 人生で考えますと、出生に始まり死によって終わると解するのが素直と思います。中には死してなお終わらない方もおられるでしょうが、それは非常に特異な例であって、原則的に死は誰しもに平等に課せられた不確定期限であります。明日、明後日に自己が自己として存在するかは、実は何にも保証されないわけですが、普段の生活でそれを意識することはほとんどないところ、何かの拍子に私たちはその現実に気付かされ、「ではその時を迎えるまでにどのように生きるべきか」なんてことを考えたりするわけです。

 この点、究極的に人間というのは「死が訪れるまでは終わらない」と言い換えることができるでしょう。私たちは生きていく中で、様々な節目や区切りを迎えるわけですが、それらはあくまでも、物事が一段落するだけなのであって、私たちの人生そのものが終わりを告げるわけではありません。例えば、6年間の小学校生活を終えたとき、私たちは小学生という身分から「卒業」するわけですが、言うまでもなく、だからといってその先の未来までが途絶するわけではない。1ヶ月もしない内に、今度は「中学生」という身分になり、また前へ進み始めることになるわけです。

 2019年3月8日金曜日。さいたまスーパーアリーナで開催された『Wake Up, Girls! FINAL LIVE ~想い出のパレード~』をもって、声優ユニットWake Up, Girls!は約6年間の活動に幕を下ろしました。惜しまれながらの解散、と表現するのが適切でしょう。「もっとWake Up, Girls!による表現を見たかった」というのが、今の私の素直な気持ちでもあります。しかし、「解散」の事実を悲しむ気持ちは、実のところ今となってはほとんど持ちあわせていません。

 「明日から人生の第2章が始まる」との青山さんの言葉は、いつも通り本質を捉えているように思います。「解散」がWUGを取り巻く様々な関係に別れを生じさせるのは事実ですが、結局それは(私たちにとっても)一つの「区切り」なのであって、何かが終わるわけではありません。コンテンツとしてのWUGはこれからも続き、私たちがワグナーであること、そして7人がWake Up, Girls! *1であることは変わらないのです。

 吉岡さんは再び「忘れないで」と言いました。無論、私が忘れることはないでしょう。この日のこと、そしてWake Up, Girls!のことを。いつまでも輝ける思い出として覚えているでしょう。公演中、わたしは随所で涙を流しましたが、それは寂しさからくるものではなく、純粋な感動と感謝によるものでした。それもまた面白いなあと思うわけなのですが、ともあれ自分がこの日何を見て何を感じ、そして涙を流したのか、いつか見返して「そうだったね」と言えるように、想い出話を書き残しておこうと思います。

 というわけで、以下には2019年3月8日金曜日に開催された『想い出のパレード』のネタバレが含まれます。また、一個人の記憶に基づく記述であり、正確性は保証されません。加えて、長文(約15000字)・乱文であるため、お読みいただける際には予めご了承いただけますと幸いです。

 

SSAは広い

 アニサマどころか、そもそもさいたまスーパーアリーナに行ったことのなかった私は、「実際どの程度大きい会場なんだろうか」と諸々あまり実感がないままに現地へと向かい、けやきひろばからその全貌を目にしたときには、これまでの会場との規模の違いに驚いてしまいました。私が当現地に到着したのは9時を過ぎた頃であり、すでに物販には長蛇の列。ここまで伸びていると、どの時点で並ぼうがあまり変わらない気がしたため、まずは公開リハの特典チケットに係る本人確認へ向かいました。

 物販列とはうってかわって、確認ブースには私含め数名しかおらず、待つことを知らない状況。スムーズに手続きが終わり、物販列へ向かおうとしたところ、併設のわぐらぶブースに提げられた一枚のカードが目に入りました。

 「これ撮らせてもらっていいですか?」とお聞きすると、「是非とも拡散しちゃってください!!」と元気なお言葉。つい嬉しくなり「今までありがとうございました!!」と言ったらば、「こちらこそです!!! 楽しんでいってくださいね!!!」と笑顔で返してくださいました。FC運営と会員が、ライブ前に互いにお礼を言い合う状況がとても面白く、この時点でもう涙目です。もちろん、「この方たちにお会いする機会も、もうないんだな。」といった寂しさもあったわけではありますが、むしろやはりこういったやり取りができる関係性が構築できていることに感動していた、ということなのだろうと思っています。

 

物販戦争

 会場が広いということは参加者も多いということで、必然的に形成される物販列も長くなります。「どこまで続くねん」と笑いながら最後尾に向かい、自分もその列の一部となってからは、いつものライブとはまた違うお祭り感が全身を包み込み、あとは屋台でもあれば完璧だなとヘラヘラしていました*2

 と、全くに余裕をこいていたのですが、ようやくレジに着いたときには、概ね目当てのグッズが売り切れており、息も絶え絶えにパンフ・タオル・ブロマイド・ステッカー・ブックマークを確保するのが精一杯。「Tシャツ2枚買っちゃうぞ~」という当初の呑気さはかくも打ち砕かれ、草ブレードを手にすることもできずに悲しみを覚えましたが、レジのお兄ちゃんに「お疲れさまです」と声をかけたら、「ありがとうございます!」ととても爽やかにハニカミ笑顔で返してくれたので何の問題もありません。

 なお、当日はグッズ物販とは別に、いつも通りゲーマーズによるCD物販も行われていたのですが、こちらの会場特典はメンバーの楽曲に対するコメントカード全63種ということで、運営のお兄さんから列に並ぶワグナーに対し、その宣伝がなされていました。曰く、「63枚。正面から見ると分かりにくいですが、横から見るとこのボリューム感です!」と、どこぞのマネキン販売よろしくな売り文句が展開され、そんな風に楽しく言われてしまっては手に入れざるを得ないなということで、種々の予約とあわせ無事に予定枚数を確保できました。*3物としてのシングルCDを買うのなんて本当に何年ぶりだろうなあ。

 

公開リハーサル

 HOMEツアーの始まりと同じ企画を最後にまた行うという点で、一巡りしてきたのかなと思う部分があったのですが、SSAのホール内に足を踏み入れたとき、その広さに驚くとともに、私は昨年5月のGreen Leaves Fesで見た光景を思い出していました。恐らくそれは、SSA幕張メッセと同様に企業の展示会等も行われる施設であり、そして(広さは違えど)アリーナがあるというホール内の構成が同じであるといった要素に起因するものと思うのですが、私が初めてWUGの空気に触れた空間と近しい場所で、一つの区切りが迎えられる点に、簡単な私はまた運命的な何かを感じ、胸が高鳴っていました。

 とはいえ、これまでとは絶対的に異なる空間的な広さが、音の反響具合や飛び交うレーザー照明によってより一層に際立ちます。ワグナーが発する声も、なかなか一つの塊にはならず、どこかに抜けていってしまう感じがありました。それでもリハが進んでいくにつれて、観客も含め、段々と空気が慣れていったように思われ、終わったときには「大丈夫そうやね」と安心していました。

 「安心した」というのは、「今日が楽しい一日になる」との確信を覚えたということでもあります。リハの時間は、この半年間私たちが過ごしてきた時間と何ら変わるものではなく、心配する必要するはないとの気持ちにさせくれたのです。

 

悠久

 リハが終了した後の会場では、ワグナーそれぞれが思い思いに時を過ごしていました。今日初めて顔を合わせた人、毎週のように会っている人、久々に会った人。楽しそうにキャベツをかじる集団、にこやかにブロマイドを交換する人たち、一人真剣な表情で手紙をしたためる人。強風にはためく『Wake Up, Girls!』の旗。

 仙台公演と同じような青空の下で、WUGという一つの存在を媒介にして、数えきれないほどの人間が直接的にでも間接的にでも繋がり、笑いながら来るべき時を待っている。私は大抵のことに対して「面白いなあ」という感想を述べているわけですが、平日の昼日中に現れた、この妙で居心地の良い空間をやはり「面白いなあ」と思ったわけでして、日常の中の非日常を実現している今を、永久に保存することはできないだろうかと深く思いました。

 

入場

 18時頃、深く考えずWゲートから自席へ*4。改めて会場内を見渡すと、その奥行と高さに圧倒されてしまいます。そして、ここが人で埋まるのだと、そして膨大なペンライトが灯されるのだと思うとますますに感情は昂ぶり、果たしてどのような光景が広がるのか楽しみで仕方がありませんでした。

 着席して少し時間が過ぎた頃、前方のスクリーンが暗転。「何が始まるんです?」と思った次の瞬間、スクリーン上にはi☆Ris先輩のライブBD映像が。なるほど、これがavexからのメッセージか、と特に納得することはしないままに、わぐりすらんと同様の各種CMが流れていきました。

 「この場所で自社関連商品の宣伝とはやってくれるじゃないかavexよ」と半笑いでいたのですが、一通り終わった後、一拍を置いて次に流れ始めたのはWUG名義で発売された歴代CDのCM。沸き上がる客席。ここからすでに想い出のパレードは始まっていたわけでありまして、「粋な演出をしてくれるじゃないかavexよ」と華麗に掌を返し、じっとスクリーンを見つめていました。

 

ハートライン

 映像が終わり、余韻に浸る会場に突如流れ始めるハートライン。サプライズと言ってしまっていいでしょう。この曲がHOMEツアーで果たした役割はとても大きく、またツアーを通して曲自身の性質がどんどんと変化していった、換言しますとツアーそのものを象徴する曲の一つであったと思っています。

 そのような曲がまたもや節目で流れる。今回は開演の合図の役割を担ったわけですが、それによって、これまでのハートラインが紡いだ物語が、頭の中でフラッシュバックし、本当に色々なことがあったなあと感慨にふけっていました。その意味では、聞き手に対して、過去を振り返らせる準備をさせる効果もあったのかもしれません。

重なり合って響いて

信じられる明日に変わるよ 

始まるパレード

  まさにパレードの始まりを告げる1曲。私たちは一体何を見るのでしょうか。

 

開演

座席:アリーナA5ブロック

前説

  大田さんと同じく、この日会場には丹下社長、松田さん、そして早坂さんの三人も来てくれていたのでしょう。いや、前二人については、ツアーのときから一緒に見守ってくれていたと解したほうが適切であって、ようやく声を聴くことができた、とも言えるでしょうか。

 「生みの親に育ての親。それで(7人が)気にならないはずないじゃない。」という丹下社長の言葉は、現実に向けたものでもあったのではないかと感じています。最初から最後に至るまで、WUGの裏側で何があったのか、いくら語られようが、結局当事者でない自分には憶測の域を出ませんから、何も言えることはないのですが、少しでも多くの人が幸せになれるような区切りの付け方であったことをただ願うばかりです。

 「ここで伝説を作るんだ!」からのフレーズは7人の生声だったと思いますが、若干震えていたかに思える青山さんの声は、却って聴く者の集中力を強める働きをするようで、私も一つ大きな深呼吸を行い、心の準備を行いました。

 影ナレが終わると次は映像。制服姿の7人が、各々の故郷からこのSSAに集ってきます。画面上にあるのはどこかで観た風景たち。それもそのはず、7人の故郷ということは、私たちがHOMEツアーで回ってきた場所ということでもあります。シアーズ夢ホール。眉山盛岡駅。これもまた、想い出のパレードであります。色々なところに行ったなあと思うとともに、現実にこの7人は、これだけ離れた方々から集まって今の活動をしているのだということを改めて感じ、人生の数奇さをまた面白いなあと思っていました。

 

軌跡を辿り

タチアガレ!

 静止したポーズのまま、リフターに乗ってゆっくりとステージ上に現れる制服姿の7人。BtBで培われたシルエット演出がここでも同様に発揮され、眩しい日差しの逆光によって、はっきりと顔の見えないその立ち姿がとてつもなく格好いい。イントロ終わり、客席の「Wake Up, Girls!」の声とともに会場内に轟く爆発音。テープ発射の比ではない音圧に少し遅れて私の体が仰け反る。周りを見ても平気そうにしている人が殆どで、とても恥ずかしかった。

 吉岡さんの煽りも受けて、会場全員で叫ぶ「立ち上がれ!」 続く青山さんのソロは、受け取った会場の熱を増幅させ、ゆっくりと、しかししっかりとそれを会場中に浸透させていきます。最後に両手を上に掲げたとき、「大丈夫だ」という確信はさらなる確信へと姿を変えました。

 

16歳のアガペー

 曲途中から花道を通り、ステージセンターへ。自分の視点が後ろへ動かされることの副産物として、自然に会場全体が目に入ることになります。アリーナ前方から見渡す会場の風景は本当にきれいで、荘厳で、圧倒的でした。

 また、歌い踊る7人を後ろから見ることがこの日は何回もあったのですが、それも普段とは異なる光景と言え、彼女たちが後ろを向いているときにどのような表情をしているのか、ある意味では一瞬でも無防備になるような姿を多く見ることができました。みんな人間なんだよね。

まっすぐ 君の名前を呼ぼう

「WUGちゃーん!!!!!!!」

 

7 Girls War

 制服で踊る7GWは『青葉の軌跡』を思い起こさせます。これも想い出のパレード(何回でも言えそう)。どうするのだろうと思っていたのですが、今日の青山さんは「涙ファー」でした。よく考えれば、ファーは当時の唄い方を誇張したものであるわけですから、過去を振り返るのであればファーするのが必然。ファーした後の表情が非常に満足げでいらしたのを見て私もニッコリ。

 

ゆき模様 恋のもよう

 制服とゆき模様のセットは『青葉の軌跡』を思い起こさせます(二回目)。人によってそれが『青葉の記録』だったり、もしかすると4thだったりするのでしょう。100人いれば100通り違う想い出があるんだなあ。

 ともあれ、私がこの曲を初めてしっかりと聴いたのは軌跡の舞台でした。グリフェスの次に行ったWUGちゃんのイベント。今日と同じく、平日の昼間に休みをとって東京まで赴いたあの日。7人が役者であることを知った時間。そしてその後の解散発表。色々なことがありましたねほんとに。

 BtBやPolarisと同じ白色で客席は埋まるのですが、この曲で見えるのは、それらとは異なる雪景色であるのが不思議なところ。これも曲の力でしょうか。

 

言の葉 青葉

 間奏で繋がれていく7人の心。6人と目を合わせ、会釈する吉岡さん。真剣味に溢れたというよりかは、口角を少し上げ、「ありがとね」と何かを確かめ合うような感じで、そこに重々しさはありません。意を決しフッと息を吐いて唄い始めます。

 盛岡の一夜以来、「頑張って」と私は気軽に言うことができません。だからそのかわりにいつも通り感謝の言葉を伝えましょう。本当にありがとう。

 

新たなステージへ

One In A Billion

 誰も居ない場所を照らすスポットライトはありません。だからあのとき、白い光の下にMay‘nさんは確かにおられたのでしょう。少なくとも私は、錯覚的にでも、そこに人間の姿を見ました。

 

素顔でKISS ME

 上から下まで会場中を飛び交うレーザー照明がとにかく格好いい! 下から見上げる形になったため、立体的な光の動きがよく見えてもう大興奮。ワンビリの勢いそのままに、会場が揺れ動いていました。

 

恋?で愛?で暴君です!

 こんなだだっ広い会場で「オレモー!」って言うのが最高にバカバカしくてとても楽しかった*5のですが、なによりもクラップで会場が満たされる感じ、有無を言わさず盛り上がりが大きくなり、気持ちがいいですね。

 

虹のかかる景色

キャラソン1メドレー

 HOMEツアーでは何かと客席の方に降りてきてくれたWUGちゃんたちですが、この日は7台のトロッコに乗って場内を大移動。2方向に分かれ、円を描くように動いていきます。

 自分の推しが誰であるかに関係なく、近くに来てくれたメンバーの色のライトを照らすというのは、ワグナーのツアー中に磨かれた意図しないチームワークといいますか、自然発生的にそうなった一種の不文律でありますが、トロッコの速度が比較的ゆっくりだったということも幸いしてか、この日もワグナーたちは自分の元へやってくるWUGちゃんの色を振り、結果的に会場は赤橙黄緑青藍紫の7色に綺麗に分かれることとなりました。

 アリーナから見るその光景は壮観の一言で、またトロッコの動きにあわせてウェーブのごとく徐々に変化していくところに、会場自体が一つの生物であるかのように思われました。その様子を私は、声は出しつつもも、半ば放心状態で見ていました。

 

Non stop diamond hope

 短かくとも、全員で唄う姿を見られたことが私は幸せです。

 

ワグ・ズーズー

 根本的に、曲に合わせて体を動かすことは非常に楽しいわけですが、ワグズーの手振りは曲調も相まってとにかく心が軽くなるのです。別に激しさや複雑さが必要なわけではない。誰でもできる内容で、最高にウキウキするというのが素晴らしいところ。今となってはすだちくんの姿が脳裏に浮かぶ。

 

WUGちゃんねる!

ありがとうございました!

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後半戦

HIGAWARI PRINCESS

 ノンダイにしても、(少し気色は違うけれども)ワグズーにしても、各人のVerがある曲を全員で歌うという演出に私は弱いところがあります。それは、単純に言えば「7人が好きなんだ」というだけの話ですが、あえて言えば、それぞれの個としての魅力を存分に発揮している曲が、7人で唄うことによってさらに爆発的なエネルギーを生み出すように思えるからです。個としての7人はもちろん強い。しかし、7人になるともっと強い。もしかすると、今においてこの点はあまり強調すべきではないのかもしれませんが、私はそう思うわけです。

 Part3を通して何回も聴いたこの曲。でもそれらとは違う一曲。7色に彩られた素敵なステッキがキラキラと輝きます。田中さんがステッキをバトンのように扱う姿を見るのも久方ぶり。私にとっては、誰か1人がプリンセスということではない。7人が、WUGちゃんが、総体的にプリンセスであるのだなあと、代わる代わるに唄っていく7人を見て思いました。

 

スキノスキル

 PVとPart2の影響も多分にあるのでしょうが、こういった流れで聴くと、WUGの中でも本当に異質な曲だったんだなあと思います。静かなのに静かではない。空気をガラッと変えてしまえる曲。この点、それだけタイアップ作品に寄り添った曲であるとも言えるわけで、その意味でWUGらしい曲とも言えるのかなと思っています。調整した照明位置がバシッと決まり、見ていてとても気持ち良くなりました。

 

僕らのフロンティア

 広大な面積が青で埋まると、本当にそこに空があるかのように感じられます。雲ひとつないなかで演じられる僕フロ。曲から溢れ出る清涼な風が、客席を突き抜けていきました。

憧れのほうへ この手のばした

進め 僕らのフロンティア

 黄色と青が入り交じる客席は、むしろ空と太陽の対比が強調され良かったのではないかと思っています。その上をつんざく、田中さんの"感情"がこめられた一声。もうそこに迷いはないのでしょう。

 

7 Senses

 会場全体で唄うラストパート。私たちはいま約束の地に来て、約束の時を過ごしている。では今の段階における「約束の地」とはどこで、そして「約束の時」とはいつのことを言うのでしょうか。トロッコで会場を周る7人が、「待ってて」という。私たちはどこで待っていればよいのか。多分それは先の話。

想像できる後悔よりも

創造できる明日へ歩きだそうよ

 解散が当人たちに、種々の後悔と言える感情を生み出していることは外目にも分かります。しかし、そんなことは分かりきっていたはず。これからは扉の向こう側。虹の向こう側。7色ではなくなるかもしれない。でもきっと大丈夫。私たちのおもいは一つだから。

 

極上スマイル

 この曲は会場が広ければ広いほど映えるように感じます。ツアーとはまた一味違った楽しさ。跳ね上がる客席。弾け飛ぶ笑顔。誰の顔が見えるわけでもないのですが、多分会場みんな笑ってるんだろうなあと思えるのです。周りから聞こえてくる声の調子が他の曲と違う気がするんですね。いい大人たちが「豊作豊作!」って何言ってんだって話ですよ。ああ楽しい。

なんだか淋しい週末を

なんでもいいから埋めるっていうのはちがう

 WUGちゃんのいない週末の"代わり"を探すのではなく、また何か自分にとってコレだと思えるものを見つけたいものです。

 

光の射す方へ

雫の冠

 各人からのメッセージ動画を経ての雫の冠は、そのタイミング、そして自身がED曲だったということもあり、パレードの終わりを告げ始めるかのようでありました。この時間はもう、そんなに長くない。しかし、私は時間が止まってほしいとは思わなかったのです。舞台上で唄う7人を見ながら、次に何を見ることができるのか、とにかく楽しみで仕方がない。終わりが近づくことさえも、それはすなわちクライマックスが近づいているということなのだと、改めて集中し、最後の助走をつけ始めるときなのだという気持ちでいました。

きみから受け取った言葉

こたえられずに通り過ぎた

まだよく

ほんとうの意味 沁みてなかった

  とはいえ、それは私が、彼女たちの決心を受け止めきれていないからしれないとの可能性を拭い去ることはできないのですが。

 

少女交響曲

 全くに今更な感想で大変恐縮なのですが、とても不思議な曲だと思っているんですね。初めて聴いたときには、まず「何か暗そうな曲だな」と思ったのですが、Bメロから「そうでもないのか」となり、サビで「めっちゃ明るいやん!」と虜になった。

 実際舞台上の7人も、曲中そのあたりから少しずつ笑顔になっていくわけで、しかし「笑顔だけはチャージして不安とぶつかる」ぐらいですから、恐らくその明るさは決して真なるものではないわけです。その笑顔は不安を隠すためのものであるはず。

 しかしこの日の7人(というよりかは私が見てきたと言ったほうが正しいかもしれませんが)は、心底楽しそうに見える。もはやそれが演技力の賜物なのか、心内から溢れ出ている感情そのものなのか私には判断がつきませんが、いずれにしても、そのようにできているということが、少女交響曲において自分たちの背負った試練を乗り越えたということなのではないかと私は思っています。

ありのままを出すのは とても勇気いるけど

やっぱ 素直な自分見てほしい 君に届けたい

はじめての交響曲

  その姿こそが、ありのままのあなた達であるのでしょう。

 

Beyond the Bottom

 WUG最高!

 手を引き合い、顔を合わせて笑うメンバーの姿。このBtBはハッピーエンドだ。

 

新・新劇場版「Wake Up, Girls!」

 初めてアルバムで聴いたときから、いつか4曲続けて演じてほしいと願っていた。仙台公演は間接的にそのような構成であったものの、やはり間に他の何かが混じらない、純粋な4曲の世界を見てみたいと思っていた。

 これらの曲は、『新・新劇場版「Wake Up,Girls!」』を彩る楽曲群であると過去に書いた。特に根拠もない大いなる与太話である。

sorobanya.hatenablog.com

 しかし、一つの曲として舞台上で演じられる4曲を聴いて、改めてその想いを強くしている。これは、今舞台上に立っている7人を描いた物語。しかし、もう7人もまた、同じような物語を描きうるのではないか。彼女たちもきっと、同様に感じ、想い、考え、そして一つの答えを出す時が来るのではないか。そう思わせられるのである。*6

 

海そしてシャッター通り

  後ろを向いている青山さんの顔が、今にも泣きそうであったのを印象強く覚えている。それこそ「ちゃんと唄えるか?」と心配になるぐらいだ。しかし、振り返った背中越しに聞こえてくる彼女の声は、いつものように力強く、心地よい儚さを感じさせるものであった。

 センターステージに横一列に並ぶ7人は、一人ひとりが天井からのスポットライトに照らされ、BtBとはまた違う神々しさを見せていた。ただ厳密に言えば、「神々しさ」は誤った表現である。

 BtBを神々しいと評するのは何もおかしくない。あのときの7人は半神半人なのである。曲・歌詞・ダンス・照明、すべての要素が彼女たちをそのような存在に押し上げる。しかし決して人間としての強さを捨て去るわけではない。そうは言っても、彼女たちは人間だからである。

 シャッター通りの7人は神性を持たない。その場における彼女たちはまさしく人間なのだ。光に照らし出された7人の後ろ姿。人として何と頼もしく、力強いことか。時に、神の持つ超常性よりも、人間が持つ生物としての強さの方を魅力的に感じるのは、結局私もまた人間であるからだが、ともかくも私は7人の背中を美しく思い、涙を流したのである。

 

言葉の結晶

 手振りだけで構成されるシャッター通りから、シームレスに移行する言葉の結晶は、非常に強い力で私たちを「動」の世界に引きずり込み、即座に「静」へと突き放す。この感覚はこれまでのツアーでは得られなかったものだ。

 途中の照明は、これまで以上に完璧と言える動きで、音と7人に合わせて次々と色を変えていく。無垢なるものに色がついていく。気のせいか、照明の色がこれまでよりも鮮やかに感じられ、そうであるがゆえに一層グロテスクに見えた。

 ペンライトとの連動は、これまでのツアーと比べ確かに不十分だったかもしれない。外周とアリーナを比較し、明暗がはっきりと分かれた形と言えるか。しかし、明を動、そして暗を静と捉えるならば、一つの同じ空間に、ただし明確な境界線が引かれた上で動静が共存しているという状況は、まさに言葉の結晶の世界を表していたものとも言えるのではないか、と思っている。

 

土曜日のフライト

 アンニュイながらも希望を見いだせるこの曲は、言葉の結晶から続くといつも以上に気怠く、そして不気味に明るく聞こえる。

 リラックスしているかのように思えて、実のところこの曲には、本当の笑顔がないと感じている。ずーっと背伸びをしている感覚。かかとをつけようにもつけられない状況。

 言葉の結晶を聴いて「これまで無理をしてきたんだね」と感じているなかで、「まだ無理を続けているんだね」と思えてしまう。それは歌詞のストレートさによるものかもしれない。「決意」といえば聞こえは良いが、少し心配になるのだ。とっくにそのレベルではないのだけれど。

 

さようならのパレード

 しかしそんな心配も、この曲が吹き飛ばしてくれる。「何も心配はいらない」という言葉は欺瞞かもしれない。それでも「きっと大丈夫」と言うことは許されるだろう。約束の地にWake Up, Girls!の旗は立てられた。目印があれば問題ない。この「Wake Up!」の掛け声は、私たちをお互いに送り出す言葉。でもいつか、再会の合図として大声で叫ぼう。灰になる準備はいつでもできているから。

 

パレードの続き

 4曲を聴き終えた私は、やはり一本の映画を見終えた気持ちになっていました。体を包む余韻。そんな、ボーっとする私の耳に入ってきたのはワグナーによる「Wake Up, Girls!」の声。そうだ。私も7人を呼ばないと。まだ別れるのには早いんだ。

 

SHIFT

 その衣装を見て喜びの声を上げない人はいないでしょう。あの楽しかった夏の記憶を一瞬で思い出させてくれる魔法の服。原色の鮮やかさによって、見るだけで嬉しく元気になります。

 Part1のときよりもさらに統制と勢いを増した「レッスン! レッスン!」 クラップではなくフィンガースナップで応じる人。繰り広げられるブロードウェイの世界を夢見心地で過ごしました。

 鍵を探すことなく踊る7人のダンスはキレッキレ。もうそんなことをしている場合ではないのだから当然ですね。鍵を開けて扉をくぐり、後は前に突き進むのみ!

 

地下鉄ラビリンス

 この曲といえば客席侵攻、となったのはPart3の影響ですが、この日もトロッコで大移動。息の揃ったラップはこれまでに積み上げたものの証。彼女たちが乗り遅れることはもうない。やっぱり地下鉄ラビリンスなんだよなあ。

 

TUNAGO

 ステージが広い分、スモークが包み込む範囲もこれまで以上になるのですが、そのおかげで、曲の持つ世界観の空間的な広がりも大きくなっていたように思います。太陽はいつもよりも小さめでしたが、立ちこめるスモークを照らす様子はいつもにも増して明るく、朝焼けか夕日であるかの迷いを生じさせることもありませんでした。

 

パレードは終わらない

 そう簡単に終わってたまるか。まだ聴いていない言葉がある。そういった気持ちの総体が、「Wake Up, Girls!」の声となり、会場を揺らし続けます。

 

リーディングライブの終着点

 7人が私たちワグナーに向けて手紙を読んでくれるという。文字の書かれた紙を手に、単に言葉を紡ぐのではなく、声を操るプロとして、自分の気持ちを表現する。その姿は、HOMEツアーにおけるリーディングライブを彷彿とさせるものであり、それもまたここまで続けてきたことの、一つの集大成であったように感じました。

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 「数々の困難」にまで感謝の意を伝える、1から10までありがとうで満ち溢れた手紙は、高木さんの持つ優しさと、決してチルドレンなどではない懐の深さを示すものであります。「ありがとう」のコールアンドレスポンスは、続けようと思ったら永遠に続けられたものでしょう。それは、いくら感謝の言葉を伝えても足りない気がするから。涙目ではあっても、いつものように笑顔で読み終える姿を非常に頼もしく思いました。

 「どうしてこの7人が出会えたんだろう」といつも純粋な疑問と驚きを伝えてくれる山下さんは、WUGが自分自身の核であることを明言し、これからも自分らしく生きていくことの決意を表明されました。「自分を認める」というのは多くの人間にとって難しいことのように思われ、山下さんでもそうなのかと思う一方、そこから逃げない山下さんを非常に心強く思いました。

 「WUGの解散を決めたときほど悲しかった日はない」と明瞭に語る田中さんは、"プロとして"明るく滑らかに手紙を読み進めたものの、片山実波への感謝を語るにあたって決壊したかのように涙を流されました。それはどれほどに無理をしているのかの証左であります。しかし、その後田中美海へと戻った田中さんは、「私を信じて着いてきて」と真っ直ぐに仰った。その姿を見て私はまた彼女に尊敬の心を抱くのでした。

 この声をいつ聴いたのかと記憶を探しましたらば、それは解散発表時のぺラジであったように思います。「忘れないで」といいながらも、終わりに対する自己の意識を語っていく吉岡さん。それこそが「上手に忘れる」ということなのかもしれません。そうしなければならないのは、私たちだけではないということ。でも私は性格が悪いので一つ茶化しておきます。「この先私が7人の真ん中に立つことはないでしょう」って、それフリですよね。

 「今気づかれなくてもいい」という永野さんの言葉は一見投げやりにも聞こえますが、そう言えるのは、(もし今そうであっても)いつか気づかれる自信があるから。「10年でも20年で先でもすごいグループだったと言ってもらえる」自信があるから。WUG自体が桜であったと言うことはできるのでしょうか。確固たる意志を静かに語る永野さんを見て、私はとても安心感を抱きました。

 硬い硬い空気の中でフッと笑いを取ることができるのは一つの才能と言えます。緊張を緩和させるところから始まった奥野さんの手紙は、途中から声の調子もあわせて真剣味を帯びていきます。奥野さんのする「90%の人が理解できないこと」を少しでも理解できているつもりの自分は、とても幸せな人間に違いないのだなと思いました。奥野さんが繋いでくれた岩手とのご縁を忘れずに。みなさん、6月8日はキャラホールですよ。

 どの時点から泣いていたのかもはや分からない程度にはボロボロの青山さんは、いつも通りの跳ねた調子で、飾らない胸の内を私たちに見せてくれました。そこまで言葉にしなくても、というところまで一言一句言語化していく。「決断が間違いでなかったと証明していく」 きっと、そう証明してくれるはずだ、と無責任に私が言えることではありませんが、彼女がそうすると言うのであれば、そうなるのでしょう。私たちの人生までをも「第2章」と言ってくれる優しさをありがたく受けとりつつ、いつまでも人間らしいあなたでいてねと願うのでした。

 

Polaris

 今日初めて出会った人と、全て通じ合ったかのように目を合わせ、自然と肩を組み、同じ歌を唄う。もう二度と会うことはないかもしれません。その内に忘れてしまうかもしれません。

 しかし、自分がその空間全てと繋がったんだという感覚を忘れることはないように思います。それこそ、何億光年後でも輝く想い出のように。

 

扉の向こう側へ

 館内放送が聞こえるまで、私たちは彼女たちを呼ぶことを止めない。「楽しいだけがWUGではない」というのは事実ですが、「悲しいだけがWUGではない」のもまた事実です。三度のアンコールにより現れる7人。アンコール7回説が現実味を帯びてきたなと思ったところで始まる「タチアガレ!」。これは全ての始まりの曲。そう考えると、これからまた、新たな人生の始まりを迎えんとするこの日のラストに、何とも相応しい選択であるように思えます。

 会場まで含めて、本当に本当に本当の全てを全員が出し切る。マイクを通さない「以上、Wake Up, Girls!でした! ありがとうございました!」の言葉を聴き終えて、舞台下へ降りていく7人を見る私には、清々しい気持ちだけが残っていました。

 冒頭に申し上げたように、何も終わるわけではないと思うわけです。誰もが「まだ実感がない」と感じるのも無理はありません。というより、その感覚は何も間違っていないのではないでしょうか。

 WUGが積み上げてきたものや繋いできたものが、これから先なくなるわけではありません。そもそも今も「ある」わけですから。WUGちゃんたちの助けを借りずとも、私たちがいかにそれらが「ある」ことを忘れないでいられるか、ということなのだと思っています。

 7人が扉の向こう側へ進むのを、私たちは笑顔で見送れたように思います。彼女たちの姿が見えなくなったとき、その笑顔はなくなってしまうのでしょうか。そんなことはないでしょう。これから先も物語は続いていくのです。決して過去の想い出にすがる必要はない。もちろん忘れる必要もないけれど。今の想いを持って、私たちもまた歩みを進めていけば、落ち着くべきところに落ち着く、そんな気がしているのです。

 残念ながら、私の人生第二章は終電を乗り過ごしカラオケでオールする、というどうしようもないスタートを切ってしまいましたが、7人に笑われないよう早々に立て直してまいりたい所存です。

 良い生活のリズムの一環となっていたので残念ではあるのですが、このようなポエムを書く機会や、どこかの現場に行くといったことは今後格段に減ることと思われます。しかし、いずれにせよまたどこかで皆さまにお会いできる日を心から楽しみにしております(イーハトーヴシンガーズの公演を聴きに行かれる方はよろしくお願いいたします)。そのときにはまた、今日のようにお付き合いいただければ、それ以上に嬉しいことはございません。その日までどうかお元気でありますよう。本当に、オタクは体が資本です。健康に長生きしてくださいね。

 

 

余談:お見送り回

 お見送り会というから、てっきり会場のWUGちゃんをみんなで見送るのかなと思っていたら実際は「お見送られ会」だった。そういうのもあるのか。

 7人の直前にわぐらぶ運営さんと御沓さんの姿が見えたので一礼。その後、所要時間3秒の間に7人へ私が伝えたことは圧倒的感謝であった。つまり、「ありがとうございました」としか言えなかった。

 青山さん:なんかすっごい気合の入った表情

 奥野さん:小さいけど大きい

 永野さん:原監督なみの目力(つい足を止めてしまう)

 吉岡さん:おつかれさまでした

 田中さん:人生最初で最後の目合わせだろう

 山下さん:艶

 高木さん:どうやったらあんなに笑えるの

 最後に少しだけスタッフさんに剥がされたのだが、流れを乱したように感じ非常に申し訳ない気持ちになった。握手会とか行く方はすごいな。

 

 

*1:多少概念的な言い方になるが、解散するからといって彼女たちがWake Up, Girls! でなくなるというわけではない。これは、解散後も彼女たちにであったことを意識させたいという話ではなく、実際そうでしょう、ということである。

*2:実際一軒出ていた

*3:行き場のないグッズ用の予算をぶちこんだというだけである。

*4:この結果、フラスタをじっくり見るチャンスを完全に逃すことになった。

*5:アガペーと暴君と地下鉄ではそれぞれ異なった「オレモー!」なのだ。

*6:もしそのようなことがあれば、そのとき逆説的に目の前の7人は帰ってくることになる。それを喜ぶことはできるだろうか。