死に物狂い

他人から影響を受けやすい人間のフィクション日記

久海菜々美の見た夢について―『snuggery』が指し示す未来―

 あの3月8日から半年が経ったところで、アニメ『Wake Up, Girls!』を新章まで通しで見返した結果、このポエムは生まれました。(以下、WUGシリーズのネタバレを含みます。4000字程度)

目次

 

久海菜々美という人間

 久海菜々美はアイドルユニット・Wake Up, Girls!の最年少メンバーだ。1作目の時点では13歳。基本的にはしっかりしている人間だが、当初は年相応の子どもっぽさもあって、作中の時間の経過とともに、人間としての成長を感じられるキャラクタである。

 菜々美と「光塚歌劇団」は切っても切り離せない。光塚とは、早い話がWUG世界における宝塚歌劇団であり、菜々美は幼少期からずっと、光塚に入ることを夢見てきた。そのためにピアノやバレエといったレッスンを続けてきたし、WUGのオーディションに応募したのも、光塚音楽学校への入試を見越してのことと明言している。言い換えれば、彼女はアイドルになるためではなく、あくまでも、光塚のために利用できることなら何でも、といった心持ちでやってきた。

 

 菜々美はTVシリーズから劇場版「Beyond the Bottom」に至るまで、二度選択を迫られる。これは、菜々美が他メンバーと比較して、明確な進路を描いていることの裏返しでもある。例えば、藍里の「自分を変えたい」というのも立派な目標には違いない。そうして一歩を踏み出したわけでもあるから、とても素晴らしいことだ。ただ、そこに不明瞭さがあるのは否定できないだろう。一方で菜々美の目標ははっきりとしている。光塚に入団すること。これが全てである。だから本来、菜々美はそこに全力を尽くさなければならない。他のことにかまけている暇など、彼女にはないのである。

 だから菜々美は、周りが「アイドルの祭典優勝」という一つの目標に向かって走り出そうとしている時でさえ、何のためらいもなさそうに、マネージャーである松田へWUG脱退の意思を伝えた。

「試験日は来年の春です。最初からWUGの活動はそれまでのつもりでした。」

「それでアイドルの祭典なんですが、私は参加できません。」

「すみません。そういうことでよろしくお願いします。」

出典:『Wake Up, Girls!』第8話

 直前に、ユニットの存続を揺るがす一幕があったのにもかかわらず、そしてそれを全員で乗り越えたのにもかかわらず、こういうことを言えてしまう。全くお構いなしだ。しかし、それは彼女自身がWUGのオーディションの頃から、いや、もっと昔からブレていないからだろう。久海菜々美の目標は、「光塚に入団すること」なのだ。

 

久海菜々美の迷い

 さて、そうは言うものの、この後菜々美には迷いが生じる。

 藍里のダンスの居残り自主練に付き合うことにした*1菜々美は、ひたむきに頑張る藍里の姿を見て、練習後「どうしてそこまで頑張れるのか」と尋ねる。対して藍里は、一度自分が折れてしまった時の想いを織り交ぜながら答える。

「……だからWUGのオーディションを受けて、もしも受かったら一度くらいは逃げ出さないで、一生懸命やろうって決めてたんだけど、結局また同じみんなの足を引っ張っちゃって、逃げちゃった。それじゃダメだって分かってたけど……中途半端だったんだよね。」

出典:『Wake Up, Girls!』第8話

 中途半端という言葉に、菜々美の心情は揺さぶられる。そして「今は何としてもアイドルの祭典で優勝したい」と言う藍里に、菜々美は「そう…」と小さく応えることしかできなかった。

 

 その後、焦りからくる真夢の態度を発端にギクシャクする7人は、夏夜の提案で、合宿のため気仙沼へと向かう。薄明の下二人きりで、夏夜から秘密を打ち明けられた真夢は、作中において長く伏せてきた自身の過去をようやく語り、その場で、他メンバーと共に盗み聞きしていた佳乃とも和解する。そして、そんな二人の姿を見た菜々美は、一つの大きな決断を下す。

 

「こんないい感じのツーショット、こんな風に本音で語り合ってる二人を見せつけられると困るわよ! 私も中途半端はやめる!」

「久海菜々美、ここに宣言します! Wake Up, Girls!の活動に本腰入れます!」

「とにかく今は年末のアイドルの祭典に照準を絞る! もう決めたから!」

出典:『Wake Up, Girls!』第9話

 光塚の募集要項をその場でビリビリに破いて、彼女はそう言った。ただ、決して光塚を諦めたわけではなかった。

 

久海菜々美の決断

 アイドルの祭典での優勝は逃したものの、そのパフォーマンス(または早坂相による楽曲の価値)を買われ、WUGの7人は東京に進出するが、結果的にコケる。純粋に実力が通用しなかったのだろうし、また、いわゆる「アイドル」に求められているものと、WUGらしさが一致しなかったこともあったのだろう。苦境にあえぐ7人を見兼ねた早坂相は、彼女たちに新曲『少女交響曲』を授け、再びアイドルの祭典へ出場するよう導く。活動拠点を仙台に戻し、事務所全員が一体となり、もう一度ここから頑張ろうと意気込む中、菜々美は再び人生の岐路に立たされることになる。

 

 WUGのライブ活動や全国プロモーションで忙しく、光塚のために続けてきたレッスンを休みがちになった菜々美に対し、菜々美の父は選択を迫る。

菜々美の将来の夢は光塚に入ることじゃなかったのか。」

「パパはアイドルって仕事を認めたわけじゃないぞ。ママからは光塚受験のためのお稽古の一つだって聞いていたが、違うのか。」

「そろそろ本当の夢に向かって道を一本に絞るべきなんじゃないか。」

出典:劇場版『Wake Up, Girls! Beyond the Bottom

 「将来の夢は~」と言われて、菜々美は「そうだ」とも「違う」とも明確に返答はせず、ただ息を呑む。そして、道を一本に絞るべきとの言葉に、小さく「分かってる…」と返すのみだった。

 迷いに迷っているのだろう。なぜならば、光塚を選ぶということは、単にWUGからの離脱だけを意味するのではないからだ。不運にも、光塚音楽学校の入試日と、アイドルの祭典の開催日は重なっていた。新曲ができて、衣装もできて、振付も完成して、あとは練習して本番に臨むだけの状況で、どのような選択をするのか。もはや、自分一人だけの問題ではなくなっていたのである。

 

 菜々美の様子がおかしいことに気づいたのは藍里だった。日々の居残り練習で、長い時間一緒に過ごしていたからかもしれない。しかし、それだけではなくて、問題を抱え込み、他者に相談せず、一度はWUGを離れようと思った藍里だからこそ、底から這い上がった彼女だからこそ、菜々美の迷いに気づけたのではないかとも思う。「みんなに相談してみようよ」と助言した藍里の姿は成長を感じさせ、ただ頼もしいの一言である。

 藍里の助言に従い、事務所全員を前にして、菜々美は自身の想いを口にする。

「私にとっては両方大事。でも一つだけ言えるのは、このまま光塚を受けないでずっとWUGにいると、いつか受けなかったことをすごい後悔するかもしれないってこと」

出典:劇場版『Wake Up, Girls! Beyond the Bottom

 慣習上、16歳を超えると光塚への合格が難しくなる。だから、今年が最後のチャンスなんだ。この時の丹下社長の言葉はとても優しい。

「だから、私たちが菜々美の可能性を奪っちゃダメよ。」

「運試しね。光塚に受かったら、そこに行けという神の思し召し。駄目ならばWUGに残れってことね。」

出典:劇場版『Wake Up, Girls! Beyond the Bottom

 もし光塚に落ちたとしても、菜々美には帰る場所がある。丹下社長は、そう伝えた上で送り出そうとしているのだ。あくまでも、菜々美の将来を考えて。

 実波からお守りを渡された菜々美は、独り、仙台空港へ向かう。飛行機を待ちながら、WUGとして歩んできた記憶が頭の中を駆け巡り、改めて決断する。最終的に菜々美は、WUGを選んだのだった。

 

『snuggery』が指し示す未来

 菜々美のキャラソンに『snuggery』という曲がある。発売されたのは2016年9月28日。捉え方は色々あると思うが、現実の時間軸をそのままに受け取るのであれば、菜々美自身が一連の悩みを解決した後に歌ったものと考えられる。

www.utamap.com

 

 ストレートに聞けば、劇中の菜々美の心情を歌ったものと解釈できるだろう。「光塚に入りたい」という夢は、もちろん両親も応援してくれていたと見受けられる一方、両親主導で抱いたものだとは思われない。つまるところ久海菜々美個人の夢といえる。

 しかし、アイドルの祭典で優勝する、あるいは、WUGとして成功することは、メンバーを始めとする事務所全員の夢であり、目標である。選択を迫られた菜々美は、一人の夢よりも、一人じゃない夢を選んだのだ。

 

 曲中において、菜々美は三度、これまでの夢にさよならを告げる。

いつかの夢 私の夢

Say Goodbye

今だけは今しかない

夢を追いかけたいよ

また迎えに行くから

待っていてね

いつかの夢 私の夢

Say Goodbye

少しだけ寂しいけど

どうか元気でいて

帰りたい場所が

出来てしまったの

いつかの夢 私の夢

Say Goodbye 

今だけは今しかない

夢を追いかけたいよ

また迎えに行くから

待っていてね

 

 「WUG一本で頑張ると決めた」と菜々美は言った。そして「私は一度決めたら曲げるのが大嫌い」とも。しかし、この曲を聞いていると、光塚への想いを完全に断ち切ったわけではないのでは、と思えてくる。

 しかし、新章において、丹下社長から「未練があるのか」と聞かれた菜々美は、やはり「そんなことない」と返した。その表情に嘘はないと感じる。ではどうして菜々美は「待っていてね」などと歌うのか。

 それは、未来において、また自分の夢と向き合あおうとしている、ということなのだろう。光塚への想いを断ち切るからといって、過去の自分を否定するわけではない。今は今しかない新しい夢を追いかける。そういう選択をしたわけだけれども、その選択ができたのは、光塚への夢を追いかけてきたからに他ならない。過去の自分が、光塚への夢を抱いていなければ、WUGに出会うこともなかったのだ。全ては連続した一つの物語なのであって、何かが欠けていれば、今この時の夢は存在していなかったのである。

 だから、菜々美はいつの日か、自分が過去の夢と出会うことを確信している。今の夢を叶えた後に、再び自分から迎えに行く*2。でもそれは、光塚をもう一度追いかける、という意味ではない。過去の自分の手を取りに行く。そして「ありがとう」と伝えるのだ。

 

あるいは、別の未来として

 ところで、宝塚音楽学校を受験できるのは18歳までである。となれば、光塚音楽学校もそうである可能性が高い。新章の時点で17歳である菜々美にも、まだチャンスは残っている。

 だから、菜々美はより直接的な意味で、過去の夢を迎えに行こうとするかもしれない。それもまた一つの選択だ。その時には再び、他のメンバーも彼女を送り出そうとするだろう。そしてもし駄目だったとしても、菜々美には帰れる場所がある。思うようにやればいい。納得するまで進めばいいのだ。だって、自分が幸せでなければ、他人を幸せにすることなどできないのだから。

*1:恐らくは因果が逆で、「どうしてそこまで頑張れるのか」を聞くために、付き合うことにしたのだと思う。

*2:次のキャラソンでは、菜々美は「ドラマチック」を迎えに行くことになるのだが、その点との関連性はあるのかについて今後検討が必要と思われる。