死に物狂い

周りから影響を受けやすい人のフィクション日記

イーハトーヴシンガーズ第5回定期演奏会(盛岡公演)に行ってきました(あるいは、「歌い継がれること」について。)

 イーハトーヴシンガーズの皆さんと出会ったのは半年前、2018年12月9日のこと。岩手県民会館で開催された、声優ユニットWake Up, Girls!のライブツアーで、初めてその歌を聴いたのでした。他の要素のせいもありましたが、WUGちゃんとともに作り上げられた舞台上の世界が、とても感動的であったのを覚えています。当時の記事を読み返すと、なかなかに大げさな表現を使っていますが、嘘を書いているわけではなく、ただただそういうものだったのです。

sorobanya.hatenablog.com

 『イーハトーヴの風』『旅立ちの時』そして、やはり何よりも、あの日のために合唱曲としてアレンジされた『言の葉 青葉』は、まさにそこでしか聴くことのできない作品だったのであり、薄れゆく記憶の中で、今もなお輝きを放つ存在であることは、言うまでもありません。だから、その曲を聴ける機会があるというなら、行かない選択肢はない。また、WUGを知らなければ生まれなかった、自分とイーハトーヴシンガーズさんとのご縁を大切にしたい。西の人間が、東北の合唱団を知る機会なぞ、本来は無きに等しかったはずですから。

 というわけで、6月8日(土)に岩手県盛岡市・都南文化会館(キャラホール)で実施された『イーハトーヴシンガーズ第5回定期演奏会』に行ってきました。振り返ると、合唱経験は小中高の授業でやったぐらい。クラシックなんてもってのほかな自分が、はたして伺っていいものか。心配する私を笑顔にしてくれたのは、常任指揮者・太田代将孝さんのツイートでした。

 何たる心遣いか…!(ワグナーブレードと草ブレードをカバンに入れる)

 とはいえ主役はシンガーズの皆さまであり、私は異質な存在。邪魔しない程度にお邪魔しましょう。以下は本公演の感想となります。例によって公演に関係のない道中記、公演のネタバレ、ポエム等々を含み、記憶を頼った不正確な記述となる点につき、ご了承いただければ幸いです。なお、好きな合唱曲は『心の瞳』『COSMOS』『Tomorrow』です。よろしくお願いいたします。(11000字程度・流し読み推奨)

盛岡に向かおう(ただし財布はない)

 早々に現地入りをするつもりだったのにもかかわらず、全く目が覚めず、ほどほどの時間に出発。前日全く眠くならなかったのが悪い。子どもか私は。しかし過ぎてしまった時間はしょうがない。久々に東北へ行くことに変わりはないのだ。切り替えていこう。バタついて準備をした後、胸を踊らせながら新幹線へと向かった。

 指定席に座り、朝食を頬張ったところであることに気がつく。財布忘れた。会社用のカバンに入れっぱなしである。そんなことあるか? と思われるかもしれないが、普段はmanaca+よく使うクレジットカードをパスケースに入れて、ポケットで持ち歩いており、さらに日中の支払いはほぼQRコードで行えてしまうため、そもそも財布を意識する場面が少ないのである。

 さてどうしようか、と言っても次に新幹線が停まるのは新横浜である。もう行くしかないのだ。大丈夫。ホテルは精算済みだし、そもそもクレジットカードがある。manacaには2000円ほどチャージしてあるから、会場への行き来ぐらいはなんとかなるだろう。大丈夫大丈夫。ふらっと飲み屋に入ることはできないが、このキャッシュレス社会においてはそう問題もないだろう。このときはそう思っていたのだった。

  

盛岡で物思いに耽ろう

 新幹線で『銀河鉄道の夜』を読むなどしながら(カムパネルラ…)、盛岡に到着したのは昼過ぎも昼過ぎ。この時間には雨も上がっており、初夏らしからぬ涼しい空気が、私を出迎えてくれました。というか寒い。確認してみると、最高気温が20℃を超えていない…? そうだ、ここはあの盛岡じゃないか。あの日も寒すぎて、現地でわざわざ手袋を買ってしまったんだ。周りを見れば、一枚上に羽織っている人ばかり。なのにどうして私は今半袖でいるのか。若干の気恥ずかしさを覚えつつ、街中を足早に歩いていきました。

 残念ながら、チャグチャグ馬コはすでに終わっていましたが、辺りには祭りの後の雰囲気が立ち込めており、それに当てられて気分は高揚。歩き始めてみれば、雲の切れ間から顔を覗かせる太陽に、体は暖められ、涼しい風が非常に心地よく感じられました。あの日を思い出しながら、向かったのは岩手城跡公園。見たかったのは、当時壮観な雪景色の中、特に主張するわけでもなく佇んでいた、ナンジャモンジャの木の今の姿でした。

 真っ白に彩られていた記憶と比べ、「本当に同じ場所だったのか*1」と思うほどに公園内は青々しく、また人の数も多くありました。半年前と同じルートで階段を登り、時間もかからずご対面。ナンジャモンジャの木は、その身を青葉で包み込み、やはり静かに佇んでいました。

 すでに白い花を咲かせた後だったのでしょう。その姿を見れなかったのは、少し残念ではあったのですが、旧友に出会えたかのような感覚に大きな満足感を得ました。

 ふと時計を見るともういい時間。そろそろ会場に行かねばと、まずはホテルに荷物を置き、そうは言っても寒かったので、服を長袖に着替え、盛岡駅へと向かいました。 

 

盛岡徒歩記~なぜワグナーは会場まで歩きがちなのか~

 盛岡駅にて颯爽と改札をくぐろうとしたとき、あるべきものがないことに気がつきました。タッチする場所がないのです。他に対応した改札があるのかな? と、現実逃避気味にウロウロしたところ、券売機に答えが書いてありました。

 「ここはsuica対象エリア外です」

 まさか……そんなことがあっていいのか? JR東日本やぞ? suicaのお膝元やぞ? しかし、私はWUGのツアーで学んだはずでした。地方の交通機関ではICカードを使えない(ことが多い)。それは盛岡でも例外ではなかったのです。

 電車がこうなら、恐らくバス*2も同じ。現金がなければ利用できない。レンタカーを借りるにも、免許証は財布の中。クレジットが使えるタクシーを探すのも面倒だ。これは本格的にまずいかもしれない。そう思っていた最中、あることを思い出しました。キャラホールの最寄り駅へは、ここから電車で12分程度。ということは、歩いていけるのではないか? 

 地図が示す距離は6.7km、時間にして1時間23分。この時、時刻は16:00を回ったところ。そして開演時間は18:00。迷う暇はありませんでした。Born to Walk。あらゆる状況が私に歩くことを求めていたのでした。*3

  なぜ私は見ず知らずの街を一心に歩いているのか。歩くなら、むしろ半袖のままで良かったではないか。足を進めながら、客観的に現状を見ると、何やらおかしく思えてたまらなかったのですが、そのようなおかしい状況も、今回のご縁がなければ生じ得なかったのだと思うと、途端に尊く感じられました。

 言の葉青葉を聞きつつ、街の空気を肌で感じつつ、途中道を間違えながら到着したのは17:24。約90分の旅を怪我なく無事に終えることができました。ひとまず、もう一度同じ距離を歩かねばならないことは忘れて、客席へと向かうのでした。

 

入場

 多くの方がスタッフと親しそうに話すのを見て、今日は商業的なライブではないのだということを思い出しました。いわば、関係者席の方が一般席である状況。くれぐれも失礼のないように、と改めて気を引き締めて入場しました。

 キャラホールは、客席中央に大きな通路が通っている、(私が知る中では)スタンダードなホールです。縦横が狭まった鳴門市文化会館といったところでしょうか。余談ですが、トイレがとてもきれいです。トイレがきれいな会場は良い会場です。これは真理です。

 客席自由のため、さてどうしようかなと会場スタッフさんにおすすめ位置を伺ったところ、中央通路付近*4が良いとのこと。通路の近くでは大抵いいことが起こるイメージもあったため、ご助言に従うことにしました。

 ところで、会場内にはカメラが一台入っていたのですが、資料映像用途だったのでしょうか。折角なのでソフト化していただければ買います…と主に権利的な問題を考えず、ただ意向を表明しておきます。よろしくお願いいたします。

 入場とともにいただいたパンフレットは、無料でいいのかと思うほど内容がしっかりしており、イーハトーヴシンガーズの歴史を辿れるとともに、ライナーノーツも完備。WUGにも触れていただけています。びっくりマークは全角「!」*5

 出演者一覧には、奥野さんと同性の方が二人おられ、ああこの方々が話にあったご親族なのかと思ったところで、やはり私は何を聴きに来ているんだろうかと面白く思い*6、耳心地のよい場内放送を聞きながら、開演の時を待ちました。 

 

開演

 舞台袖から場内放送の声の主が現れ、似ているオーラを知っているなあと思っていたところで、緞帳が上がり第1部が始まりました。

 合唱において、何をもって上手い・下手を分けるのかは全く理解しておらず、言えることは少ないのですが、「中学生時代のクラス合唱を思い出すような」との趣旨に偽りはなく、最初から最後まで昔を懐かしみ、また様々に新たな発見ができた公演でした。

 

第1部

『勝利の行進』

 サッカーの入場時に流れるあの曲(の一部)。吹奏楽で聴いたことはあったのですが、合唱は初めて。何でも一発目は大事だと思うわけですが、その意味で言えばこの曲は、「今から行くぞ!」と気持ちを高まらせてくれました。それこそサッカーの影響もあるのかしら。正面から声が束になって降りかかってくる感覚は新鮮でした。重い。

 

団長挨拶(MC)

 団長「こんなにも多くの方に来ていただけるなんて…夢のように思っています」

 私「(…FANTASIAか?)」*7

 これを書きたかっただけですが、今日をあの日見た夢の続きとみる解釈は個人的に気に入っている次第です。

 

『イーハトーヴの風』

 イーハトーヴシンガーズと言えばこの曲。と、この日で鑑賞二回目の私が言うのも差し出がましいですが、すでに頭の中ではイコールで繋がれています。あの夜に聴いた曲の一つであり、だからこそ半ば感傷的になってしまうのですが、純粋にシンガーズの皆さんの声で歌われる本曲を聴くと、イメージより、もっともっと優しい曲であることに気がつきます。

 

『夢の世界を』

 初鑑賞。どうして合唱曲ってこういう歌詞になるんだろう、と思うぐらい合唱曲っぽい。いや、合唱曲なんだけど。これもまた、故郷を歌ったものと捉えることもできるかもしれません。十数年後に「この曲歌ったよね」と振り返ったときにどう感じるか、なんてところまで考えて曲は作られるのかなあと妄想。また、改めて「夢」の多義性を認識。夢には理想・目標・幻想、色々な意味が詰まっているんです。

 

流浪の民

 初鑑賞。楽しげなイントロから間もなく不穏な空気へと誘われ、神々しくなったと思いきや、ソプラノから始まってアルト・テノールと順に移っていく舞踏会のようなパート。掛け合いが好きな身としてはとても楽しい。ここあたりから、人数の少なさをもろともしない、男性(声?)陣のはっきりとした存在感を感じ取れるようになりました。ノビノビとした声って素敵。

 

『旅立ちの時~Asian Dream Song~』

 あの夜に聴いた曲その二。脳裏に浮かぶのは長野オリンピックではなく、やっぱりあの日の情景。しかし、イーハトーヴの風と同様、当時とは曲の印象が異なっていました。

 同じ曲であっても、それを歌う場面、演出、歌唱者の気持ちといった各要素によって、聞こえ方が違うんだなあと実感しています。「もう振り返らない」といった強い決意の面影はなく、ただ純粋に背中を押してくれる曲。立ち位置が違うのかもしれません。「夢をつかむ者たち」が誰であるか、ということです。FANTASIAにおいては、「夢をつかむ者たち」=「Wake Up, Girls!*8」であった。つまり歌唱者が自らを鼓舞する意味も含まっていた。しかし、今回は違います。歌唱者が夢をつかむ者たちへと送る曲。そこはイコールで繋がれません。

 そう考えると、あの日のイーハトーヴシンガーズさんには、7人の背中を押す役割もあったと解することができそうです。位置関係上、この曲を歌った時、シンガーズさんは舞台前方横並びで立つ7人の背中に、その歌をぶつける形になっていました。奥野さんを筆頭に、7人は私たちワグナーに向かってその決意を表明する。シンガーズさんは、7人を支える。なるほど、あの1曲の中では主語が混在していて、複数の役割が絡み合っていたのか、といつものこじらせを発症した次第です。

 

『時の旅人』

 小学生時代を思い出す一曲。最初の「めぐるめぐる風」の「風」の部分で、本当に風が吹きます。それは比喩なんですけれども、ハーモニーの音圧によって、体が風を受けているように感じるのです。思えばこの曲も、変声期を終えた人間によって歌われたものを聴いたことがなく、そうであるが故の真新しい感覚でした。改めて聴くと情緒不安定な曲だなとも感じます。感情の振れ幅が大きい。あと「全パートが主役」感があるのも好き(WUG的な意味で)。

 余談ですが、後半を聴いて、小学生当時に一人輪唱が流行ったのを思い出しました。「僕らは~旅人~」からの全パートを一人でやるという遊び。「僕僕らは~旅旅人~ウーウー時時の旅旅旅人~ララーラー」みたいな。うーんくだらないなあ。でも、すごい楽しかったんだよなあ。

 

『心の瞳』

 合唱曲としてその存在を知り、坂本九さんの原曲を聴いてからは、カラオケに行くと必ず歌うようになった一曲。そして、合唱曲の中で一番好きな曲。まあ、そんなに合唱曲を知らないのですけれども。実は言の葉青葉と同等か、それ以上に楽しみにしていました。この曲もやっぱり、「大人が歌うとこう聞こえるんだな」と感じた一品。

たとえ 過去(きのう)を
懐かしみ 振り向いても
それは 歩いてた
人生が あるだけさ

 メッセージとしては全編に渡ってシンプルだと思っているのですが、それが却って心に残る。歳を重ねる度に、「そうだよなあ」と感じる気持ちは強くなります。その意味では、太田代さんが仰るように、大人こそが歌う曲だと思う一方、どんな年代が歌ってもすっと耳入ってくるのは、メロディーの持つ力が為せる技と思う次第です。聴けて本当によかったです。

 

『言の葉青葉』

 本曲が歌われる前に、太田代さんから直々にその背景についての説明がなされました。どうして今回は多くの観客が来ているのか。Wake Up, Girls!・ワグナーとの縁。あの夜のこと。シンガーズのために合唱版・言の葉青葉が編曲されたこと。そして、この曲を歌い継ぐことについて。

 3月8日以来、私がWUGの曲を公の場で聞く機会を得ることはなくなりました。メンバー7人は今も変わらず元気に活動されていて、その姿を見られるのはとても幸いなことであります。そうであるがゆえにむしろ、あの楽曲群を公に、公式に聴ける場がないことをとても寂しいと思っています。

 だから、「もうこの曲を歌い継げるのは、イーハトーヴシンガーズしかいない」という言葉は、全く誇張されたものではないのです。その役目を負ってくれるのが、イーハトーヴシンガーズでよかった、とも思っています。あの日あの空間を一緒になって作り上げてくれた皆さんでよかったと、心からそう思うのです。その上で、「10年、20年、50年と歌い継いで、いつかこの曲が教科書に載る日だって来ると思っている」と言っていただけるのがとても心強いのです。私も、可能な限りその姿を見守っていければと思っています。

 

武器を取り出す御仁

 「さあ皆さん是非とも武器を取り出してください!」との太田代さんの号令によって、次々とブレードを取り出すワグナーたち。光るブレード。ざわめく会場。おお、そちらもワグナーでしたか。皆さん擬態がお上手で。

 物珍しそうにブレードの写真を取る御婦人を見て、これもまた未知との遭遇的現象だなあと思いながら、会場に表立った拒否反応が出なかったことに安心し、シンガーズファンの懐の深さに感謝しました。

 「先に言っちゃいますが、アンコールでもう一回歌います。その時は皆さん一緒に歌ってください」 ハハハと会場を包む笑い声。ホールに緑色が浮かび上がる景色自体が、とても懐かしく感じられました。

 

もう涙は流さないよ

 どうしても過去とリンクさせてしまう曲ではありますが、感動さえすれ、私は涙を流しませんでした。この曲はWake Up, Girls!の曲であり、あの日歌われた曲である。しかし、今は違うのです。歌っているのはイーハトーヴシンガーズであり、この場において、それは彼ら彼女らの曲でもあるのです。

 曲が終わると大きな拍手と「bravo!」の声。これは多分ワグナーが出したものだと思うのでさて置くとしても、シンガーズファンの皆さまにも受け容れていただけた様子。第1部終了のアナウンスがなされ、「私はこの光景をしっかり妹に伝えます!」との声。何を隠そう、この日の司会は奥野さんのお姉さん。沸く会場。とても幸せな空間でした。

 

第2部 

 本格的なオーケストラを擁したモーツァルトの時間。一見してとっつきにくい題材の敷居をいかに下げて、私のような知識のない人間にも楽しめるようにするか、との工夫が随所に見られました。大塚富夫さん扮する謎の人物の言葉によって、物語は始まります。

魔笛

 私の魔笛知識は、深夜に何かの公演CMで、怖そうな女性がめちゃくちゃ高い声で歌っているのを見たのと、過去にALI PROJECTが楽曲に取り入れていた覚えがあるぐらいです。要するに何も知りません。

 でもそんな人でも大丈夫。ソリストを贅沢に使ったコントもとい寸劇によって、ハードルがガクッと下がります。メタ表現に客いじりと何でもござれ。所々で笑いが起こります。そして和やかながら、確かな歌を届けてくれる皆さん。もしかして『夜の女王のアリア』を聴けちゃったりするのか…? と少し期待していたのですが、女王曰く「高すぎて無理」とのことでした。ですよね~。

 

レクイエム

 モーツァルトって知ってるか? いや、よくは知らねえなあ。しかし始まってみると、どこかで聴いたことがある。それは原曲を聴いたことがあるのか、それともモチーフにした何かを聴いたことがあるのか、そこの判断はつきません。誰が作ったのかも、そのタイトルも知らないけれど、曲自体は知っているという状況。とどのつまり、音楽が生き続けるというのはそういうことなのかもしれません。

 

大地讃頌

 「大地讃頌だ!

 リラックスしていた体が前に乗り出す。個人的には合唱曲界の大ボス。当時は辛気臭さを感じながら歌っていたのですが、歳をとってからこれを「厳か」と言うのだと知りました。山の街にはよく似合う、と思ったりする。ラストの徐々に力をためていく感じが好き。最後は絶対何かのビームを発していると思っている。

 

大アンコール大会

 恒例らしい。

 アップテンポで始まるのは『乾杯の歌』。帰ってから調べてみると、『こうもり』という喜歌劇の一曲と思われる。もちろん「喜歌劇」なんて言葉は初めて聞く。途中で「乾杯~乾杯~乾杯~」と手を出しながら三連続に重ねる部分があるのだが、ここは客席も一緒に乾杯したほうが楽しそうだなと思ったのは多分オタク脳。

 バイオリンの伊禮さん、トランペットの佐々木さんとのパートが終わり、朗読を担当された大塚さんが壇上に登場。大塚さんはIBC岩手放送のアナウンサーなのですが、やはり言葉を生業にする方の話は面白い。過去の演奏会で(冗談で)募金を募ったら、2,000円を渡してきた紳士がおられて、代理で募金箱*9に入れるつもりが、そうするのを完全に忘れていたという件は、普通に漫談じゃないかと思い笑っていました。

 と、楽しい話が続けられているその後ろでは、壇上に続々と団員たちが並んでいきます。カラフルなTシャツ身を包んだ皆さんの中には、WUGのライブTシャツを身に着けている方もおられ、最後までサービス精神旺盛だなと、その姿を見て自然と笑ってしまいました。どれだけ気を使っていただけているのか、という話で。

 

再度、言の葉青葉

  こればかりをとりあげるのも失礼な話ではあるが、印象的だったものは仕方がない、と少し開き直ることにする。

 「じゃあ今度は皆さんも歌ってくださいね。ブレードの色は緑でお願いします」と太田代さんが言ったのを合図に、最後の言の葉青葉が始まった。発する声のボリュームに悩んだが、自分の周りには薄く聞こえる程度を意識して歌った。

 太田代さんは、サビに入るたびに観客席の方を振り返り、私たちを煽ってくれた。「何だよ。お前らもっと歌えよ」と言わんばかりだ。しかしまあ何というか、意外とオタクは慎ましいのだ。お膳立てをしていただいてもなお、どこまで足を踏み込んでいいのか、慎重になってしまうところがある。

 そうやって、石橋を叩いて渡っていたところに、とんでもないサプライズがあった。いよいよ落ちサビが迫っていた部分で不自然なタメ。どうしたのだろうかと思っていた矢先に始まるTUNAGO。またもや「歌えよ」と煽ってくる太田代さん。歌いたいのは山々だが、こんなことをされるとなかなか言葉が出ないのだ。声を絞り出す自分がいた。

 ワグナー以外にしてみれば、何のこっちゃ分からない展開である。だからこれはワグナーたちのためだけに用意してくれた時間。手振りは体が覚えている。こんな時でもワグナーは、殊勝なことに自分の推しと同じタイミングで手を前に出す。この時間だけは、過去の感覚がそのまま、ありありと自分に戻っていた。

 1コーラスが歌われ、場面は言の葉青葉のラスサビへと戻る。二つの曲が繋がっている。そして、私たちもまた、曲を通して繋がったのである。

 終わったときには、目の前のワグナーたちが立ち上がって拍手を送っていた。あの日を追体験しているのか。純粋に、またもや心を動かされてしまったか。

 「TUNAGOは今日来てくれた皆さんへだけのプレゼント」と、太田代さんは言った。事実、想像以上のものを頂いてしまった。過分であると感じながら、今日のこの場に居られたことを、心から幸せに思うのだった。

 

フィナーレ

 最後は団員が会場に降りてきての合唱。ツアー中よく見た光景に、誰であれステージの敷居を跨いできてくれるのは嬉しいなあと実感。唐突に始まる声優親族大接近イベント。東北ずん子Tシャツ紳士に上がる歓声。何だこの空間。

 興奮冷めやらぬ中公演は終了。ライブTシャツ談義*10をしているワグナー島を見て、老夫婦が「楽しそうね~」と穏やかに笑っておられたのが良かったです。京都的テイストで言ったわけでは……なかったらいいな。

 

「歌い継がれること」について

 終わってみれば、公演中の多くの時間をワグナーに割いていただいたと感じています。それを嬉しく思うとともに、恐らくはこれが最初で最後の機会だった*11のだとも思っています。

 というのは、あくまでもイーハトーヴシンガーズはイーハトーヴシンガーズだからであり、Wake Up, Girls!のために、ましてやワグナーのために存在しているわけではないからです。私たちが、皆さん自身や元来のファンを侵略してはならない、と思うわけです。

 だから今日の距離感は非常に良かった、と個人的には思っています。ワグナーたちは(基本的に)いつものノリを持ち込まず、コンサートの主軸がWUGに置かれているわけでもない。誰もが"イーハトーヴシンガーズの歌"を聴きに来ていたのです。サプライズも含めれば、結果的には過分にサービスを頂いてしまったのですが。

 「言の葉青葉」という曲を、Wake Up, Girls!の曲を歌い継いでくれるというだけでも十分。そうしていつの日か、この曲が本当に教科書に載るような時が来たら、多くの人にこの曲を知ってもらえたら、そんなに嬉しいことはありません。そうすることで音楽は生き続け、結果的に7人が紡いだ物語も、また生き続けることになるのです。

 私が今日モーツァルトの曲を聞いて、「これがモーツァルトの曲だったんだ」と思ったように。そしてそこから、モーツァルトの生涯に興味を持ったように。また、合唱曲を聴いて人生を懐かしんだように。そんな存在に「言の葉青葉」がなってくれたらと夢を見ます。

 太田代さんが「今日一番遠くから来たって人は~?」と会場に投げかけ、ワグナーから「山口!」と返された時、会場には大きなどよめきが広がりました。そんなに驚かんでも(よくあることだし)、とその時は思ったのですが、よくよく考えてみれば、遠く離れた地域の、ご当地合唱団のコンサートを聴きに来る、なんてことは普通ありません。なんだったら、私は自分の地元に合唱団なるものが存在しているのかすら知りません。

 しかし、私を含むワグナーは、この日盛岡までやってきた。それはひとえにWUGちゃんが繋いでくれた一つのご縁に違いありません。であれば、そういうものは大事にしていきたいと思うのが人の心。いつか夢の叶う日が来るのを心待ちにして、またこれからも、イーハトーヴシンガーズさんの公演に足を運んで行きたいと思います。もちろん、邪魔にならないように。

 

帰路

 折角なので、私も奥野家大撮影会に参加したかったのですが、夜が更けるほどに寒くなるのは目に見えていたため、団員さんたちのお見送りを受けながら早々に帰路へつきました。

 帰りだからといって道が短くなるわけではありません。行きと同じく6.7km。しかし、全く億劫には感じませんでした。良いものを見た後には、えてして体内から活力が湧いてくるものです。自分が何かしたわけではなく、全く不思議なことですが、WUGちゃんのツアー中にも何度も同じ経験をしました。俗に言う万能感に、体が包み込まれるのです。

 夜風が吹きすさび、まばらな街頭が道を照らす中、気がつくと私は走り出していました。といっても、急に体がついてきてくれるわけもありません。走っては止まり、走っては止まり。歩いて歩いて走って止まり。それは不格好で不規則なエネルギーの発散でしかないのですが、その時の私はどこまでも走っていける気がしていました。それだけの何かを、この日私はもらったのです。

 近時では、8月3日(土)に東京・杉並公会堂でまた定期演奏会が行われるとのこと。チケットは完売してるそうですが、太田代さんに言えば何とかしてくれるそうです(って言ってた)ので、気になられた方は是非とも、とおすすめしつつ、私は来年6月14日(日)の第6回定期演奏会を心待ちにして、この一年を生きていこうと思います。行けるかどうかは…その時次第ですけれど(無責任なことは言わない)。

  さて、歌い継がれる姿を見ていくためにも、やはりこの世は健康第一です。次の機会のその時に、ワグナー諸氏含め、また元気に皆さんとお会いできることを心から楽しみにしております。次は財布も忘れないように。今度こそ、私は中尊寺に行くんだ…。

 

 

 

 

*1:公園内に限った話ではなく、街全体が全く違うように見えた。

*2:でんでんむしバスは最近IC対応が始まったらしい。いいぞ!

*3:読んでいた本の影響が多分にある

*4:よく響く会場なので、最後列付近でなければどこでも楽しめるとのことだった

*5:結局これどっちが正規なんでしょうか

*6:何の因果で声優のご親族が出演する合唱を聴きに来ているのかという

*7:シンガーズとWUGちゃんが共演したライブの名称が「FANTASIA」だった

*8:ここにワグナーが含まれていると言えるかどうか…

*9:長年「IBCラジオチャリティーミュージックソン(ラジソン)」というチャリティー番組に関わっておられることから

*10:あれは限定のやつだから奥野さんが実家に置いているやつを共有してるんだよ!! という話

*11:正確には次の東京公演で