死に物狂い

他人から影響を受けやすい人間のフィクション日記

あの日私たちは「おかえり」と言い、彼女は「ただいま」と返した

 ある楽曲を聞いて特定の場面を思い出すのは、特に珍しい現象でもないようです。印象的な出来事と紐付き、楽曲自身がキックとなって情景が浮かび上がる。一般的に「想い出の一曲」なんて言われるのはそういうものでしょう。

 

 少し前までWake Up, Girls!(以下、「WUGちゃん」といいます。)という声優ユニットがありました。一年ほど前に解散してしまったのですが、この度メンバー7人の歌うソロ曲が、『Wake Up, Girls!Solo Collection -7 Stars-』として配信され始めました。これら楽曲の由縁については、下記の記事にて詳しく解説されています。

tkusano.hatenablog.com

 

 さて、私がWUGちゃんに出会ったのは、今回配信される全楽曲が各イベントで披露された後で、当時これら楽曲の存在は知りつつも、残念ながらフルを聞く手段を持たない状況でした。Youtubeの試聴動画でどうにか欲を満たす日々。だからこそ、2018年分の楽曲が収録された『パンフレットOMOTE』を無事入手できた際には踊るほどに嬉しかったですし、ラストツアーの幕間で開催されたファンミーティングにおいて生歌を聴けたときには、「本物だあ…」と、我ながら瑞々しい感情が湧き上がったのを覚えています。

 ただ、それらの機会を得ても満たされなかったものが一つありました。それが、今回初音源化となる『sweet sweet place』の存在です。音源化のみならず、試聴動画もなければ、ライブで歌われる機会もない。てっきりファンミで歌ってくれるかと思っていたらそんなこともない。商業的な戦略として、「出さない」選択肢があることは理解しつつも、このまま一生出てこなかったら悲しいなあと、不安になっていた気がします。だってそうこうしている内に終わりが近づいてくるんですもの。もっと前からファンになっておけばよかったとは今も昔も思いませんが、好きになったタイミングで、作品群に触れる機会すら与えられないのは殺生な話やで、とぼやいていたのです。

 

 しかし、そんな不安は時を待たずしてあっけなく消え去ります。HOMEツアーPART2の一発目、岸和田公演にてsweet sweet placeは目の前で歌い上げられました。唐突と言われればそうかもしれないし、そりゃそうやろと言われればそうだとも思う。ファンミでの前フリはあったし、なんと言ってもここは大阪。吉岡さんのHOMEなのだから。

 曲中に私たちは大きな声で叫びました。「おかえり!」と。そして壇上の吉岡茉祐さんは大阪弁のイントネーションで、「ただいま」と返してくれたのです。

 

 もはやこれは曖昧な記憶に基づく昔話なので、一種のFANTASIAとして聞いてほしいのですが、当時このやり取りをとても「いいな」と思ったのです。というのは、観客席に轟く「おかえり」の声に、とても熱が込もっていたから。なぜここまで声が一つになっているのだろう。今日この日ここに来ている観客の内、sweet sweet placeを聴いたことある人は多くないはずなのに。言い換えれば、曲中に「おかえり」を言えるポイントがどこにあるのか、パッとはわからないだろうに、どうして私たちはこうも自然に、一体となって「おかえり」と発しているのか。

 あの時、吉岡さんのガイドがあったのか、それとも当日の観客の多くがソロイベ参加者だったのか、あるいは一日目夜はそうでもなく、完成度が高くなっていたであろう二日目の記憶が強調されて残っているのか。いずれも定かではありませんが、何にしても記憶にあるのはもうとにかく大きな声の「おかえり」なんですね。慈しみを持って投げかける「おかえり」ではない。ステージ上にぶつける「おかえり」です。ある意味では挑戦的な、しかし温かみはある、そんな声だったわけです。

 一方で、それをぶつけられる方といえば、ある種の圧を(少しは)感じてもいいはずなのに、(語弊を恐れずに言えば)ふてぶてしく笑っているのです。そして「おかえり」と、一部ではエセ関西人とも言われるあのイントネーションで言うのですね。

 その関係性と言いましょうか、応援してるんだか殴り合ってるんだか分からない。でも、とにかく全員が笑っている。曖昧ながらも確固たる信頼の上に成り立つやり取り。そしてそれが、sweet sweet placeという稀頻度も稀頻度な楽曲の演奏で行われている状況に、とても心があたたかくなったのです。

 

 今sweet sweet placeを聴くとそんなことを思い出します。そして、やっぱりまた皆に「おかえり」と言いたいな、なんて気持ちになってきます。不熱心ながら、諸々のイベントに足を運ぶことはほとんどなくなりましたけれども、その部分は変わらんのかなあと無責任に思うのです。

 少し話は変わりますけれど、数日前に有休の申請をしたんですよ。「3月6日休ませてもらいますわ~」って。ちょっと先ですけど~って言いながら。ほんならね、上司が「えらい嬉しそうやな」なんて言うわけですよ。知らん間に顔が緩んどったみたいですわ。日程言うてるだけやのにね。

 だから、これからもそんな感じで生きていくんやろなあと思うわけです。もう一回が明日を連れてきてくれるかは分からないけれど、やっぱり私はまた笑顔で「おかえり」と言える日を心から楽しみにしています。そんな日が来るかな。来ないかな。