死に物狂い

他人から影響を受けやすい人間のフィクション日記

世界の存亡が女性声優の髪型にかかっているとしたら

 20XX年a月b日、7人から成る女性声優ユニット『Make Up Worlds!(通称:MUW)』は多くのファン(通称:MUWer(マウアー))に惜しまれつつ、約y年間の活動に幕を下ろした。突如の解散発表から半年。自身ら最後のライブツアーを成功させ、さらなる活躍を惜しまれつつ表舞台から去ることとなった。

 とはいえ、ユニットがなくなるだけで、メンバーが業界から引退するわけではない。各人が新たな活動へと歩みを進め、そしてそれに伴ってマウアーの道も7つに分裂していく。メンバーもマウアーも、再び邂逅することがあるかもしれないし、ないかもしれない。ともあれ、MUWに関わった誰もが次の一歩を踏み出そうとしていた。

 解散から1ヶ月が経過した頃、メンバーの一人が新たにTwitterアカウントを作成した。荒れ狂うインターネットに平和の火が灯った日であった。それを皮切りに、あるメンバーはブログ、またあるメンバーはInstagramと、各々がこれだと思う媒体を通じ、電脳世界にその身を降ろしていった。混迷極めるネット社会において、それらは一つの救いであるようだった。

 

 ある時、一人のメンバーがTwitter上で自撮り画像をアップした。その姿はかつてと異なり、端的には、髪が短くなっていた。

 不思議なもので、当時の日本においては、何であれ「アイドル」という肩書を背負う場合、往々にして黒髪かつロングであることが推奨されていた。厳密に言えば誰が求めているのかは分からなかったが、少なくとも彼女たちの所属事務所はそのような方針だった。

 彼女のファンはその新しい身姿を称賛し、あるいは涙を流した。それは単に自分の好みに合うかどうかとの人間的な感情によるものかもしれないし、一つの時代が終わった実感を得たからかもしれなかった。

 断髪で決意を表すのは西洋的な表現であると言われているが、それは日本においても変わりない。長らく維持されてきたものの変化は、それ自体が何かしらの変質を示すことに違いない。

 つまるところ、それは過去と未来を峻別する行為に等しく、したがってファン、特にマウアーは好むと好まざるとにかかわらず、時間的な区切りを明確に意識することとなったのだった。

 以降一人、また一人と髪型を変えていった。大まかに言えば、それらはロングからショートへの変身であり、また黒から茶への変化であった。

 

 時を同じくして世界では異変が生じつつあった。

 最初は小さい兆しだった。カラスが大量に発生する。各地の浜辺にクジラが打ち上げられる。短い人類史の中で、何千何百回凶兆として取り上げられてきた事象が、人々の目にとまるようになった。

 いつものことさ。どうせ何も起きない。誰もがそう思っていた。

 しかし、凶兆の規模は静かに大きくなっていった。唐突に生じる巨大な陥没。日に日に観測数が増える謎の飛行体。言いようのない気持ち悪さが世界を覆いつつあった。

 とはいえ世の中はまだ平和なものだった。考えてもどうしようもない。そんなある種の達観を人類が持っていたからだった。

 誰しもが毎日を生きるのに精一杯だった。明日が続くのであれば、何が起きようとも日々を生きていかなければならない。確実性のない、世界の存亡論に付き合う余裕など、誰にもなかったのだった。

 何かが始まろうとしていたのは確かだった。しかし、それが何であるのかは誰一人として分からなかった。マウアーを除いては。

 

 MUWのメンバーが髪型を変えるタイミングと、凶兆の進行には相関関係があるらしいことにマウアーは気づいていた。

 初めはよくある冗談の一つでしかなかった。凶兆の性質が変わったタイミングと、メンバーがネット上で髪を短くしたとの報告をした時期が近かった。ただそれだけの事実をもって、なにか関係があるのではないかと、悪ノリ的にのたまう者がいたのだった。

 しかしある時、美容院でカット中の写真をリアルタイムにツイートするメンバーが現れた。鏡越しに映るその髪型はやはりショートだった。

 ほぼ時を同じくして、野球ボールのバットに対する反発係数が極端に大きくなっていることが世界中で確認された。この日から、野球は主に三振・大ファール・ホームランで構成される競技となった。

 この出来事をきっかけに、マウアーは遊び半分で、過去に発信されたメンバーの散髪報告と、現象の性質変化の関係性を調べることにした。

 解散から現在に至るまでに髪型を変えたのは、メンバー7名中3名。彼女たちが公に伝わる形で髪型の変更を報告した日と、現象が変質するタイミングとを対照していった。すると、それらは概ね一致することが明らかとなった。

 マウアーは最初、半信半疑だった。しかし調べれば調べるほど、事実は一つの真実らしいものを指し示していた。7人の内、髪型をショートにしたメンバーが増えていくにつれて、現象の性質もまた変化していっているように思われた。

 どうして7人の髪型が影響するのか。その答えを持っている者はどこにもいなかった。しかし、それは目の前に現実としてあった。

 そして、現象の内容はともかく、その規模の大きさは、ショートのメンバーが増えるたびに大きくなっているように思われた。

 7人が全員ショートにしたとき、世界にとんでもない変化が起こるかもしれない。それが避けるべきことなのかどうか、この時点のマウアーたちには分からなかったが、不明瞭であるからこそ、変化が生じないようすべきだとの意見では一致していた。

 この日からマウアーは、いかに7人全員をショートにしないか苦心することとなったのだった。

 

 マウアーは悩んだ。というのも、どう考えてもこれは悪い冗談の域を超えるものではなかったからだった。

 この広大な宇宙の中の一惑星のさらに一国の解散した一女性声優ユニットのメンバーの髪型が、どうしてこの世の理に影響を及ぼすのか。納得のいく説明などできるはずもない。

 仮に説明が可能であったとしても、だからなんだというのか。マウアーとは一般人の集まりである。ただの声優ファンである。信憑性を持たせて発信する力などない。

 それに、世界が信じてくれるとは到底思えなかった。女性声優7人の髪型が世界の存亡に関わっているなど、やはりたちの悪い冗談にもならない。

 そして何より、推しが「髪型を変えたい」と思ったとして、その気持ちを否定していいのかとマウアーは頭を抱えた。

 ファンとは推しの幸せを願うものである。彼ら/彼女らからすれば、推しが髪型を変えたいと望んだとき、それを否定できる理由はない。ましてや、確言ができない事項をもって、推しに自制を求めることが本当に是であるのか。マウアーには分からなかった。

 また、マウアーとて一枚岩ではない。現象はさておき、もっと純粋に、髪型をショートにした推しの姿を見たいと思う者も少なくなかった。この重い後にロング派とショート派の抗争に発展し、長く尾を引くこととなった。

 

 世界と7人の髪型を天秤にかけ、マウアーは孤独に悩み続けることとなった。議論の相手も相談の相手もマウアーに限られるうえ、実際のところ、自分たちにできることなど何もないに等しかったからだ。

 本人たちにコンタクトを取ろうにも、その術は限られている。ファンレターの形で手紙を送るか。ブロック・ミュート覚悟でDMを投げるか。しかし、ファンを名乗る人間から、おとぎ話にも達さない理由とともに、唐突に「髪を短くしないで」とのメッセージを受けても、ただただ気味悪がられて終わってしまうだろう。

 推しに嫌われたくない気持ちもあるが、それよりも、彼女たちに嫌な思いをしてほしくない。しかし、何が起こるかわからないからこそ何もしないわけにはいかなかった。

 本人たちを傷つけることのない、いい方法はないものか。マウアーは日夜、ネット・現実を問わず集まり、知恵をひねり考え続けた。

 ある者たちはショート派対ロング派で草野球をすることとした。そして彼らの試合ぶりをネット上で中継・実況する。メンバーに届くかどうかはわからないが、間接的にでも、ファンが髪型への興味関心を強く持っていることを示そうとしたものだった。

 また、これは長く続くショート派・ロング派の抗争を収めるためでもあった。試合会場の場所から、後に「北越谷の和解」と呼ばれるこの一戦は、ショート派の勝利に終わったものの、以降のマウアー間の一致団結に多大に貢献することとなった

 

 マウアーの努力は一定程度実を結ぶこととなった。7人が自身の発信媒体で髪型について言及する機会が増えたのだった。

「みんなロングの方が好きなのかな~」と、そんな発言を聞くたびに若干心を痛くしつつも、ぎりぎりの距離感で見え始めた光明に若干の安堵を覚えていた。

 しかし、本質的に解決を見たわけではない。演者は、必ずしもファンの望みに応じる必要はないのである。

 夏の暑さも手伝い、一人、また一人と髪型をショートに変えていく。それとともに、世界を取り巻く現象も、その形を変えながら、しかし確実に生じていった。

 人々はその変化を何となくは認識していた。とはいえ、「明日世界が壊れるかも」とは誰も思っていなかった。そのような確信を覚える予兆は何もなかったからだった。

 確実におかしくなっている。ただ、はっきりと意識を向けなければ、人々はこれまでと同じように生活を送ることができていた。

 そうすると、マウアーたちの態度も徐々に悲観論と楽観論に分かれていった。仮に7人全員がショートになったとしても、何も大きなことは起こらないのではないか。いやいや、満を持してアンゴルモアが降臨するに違いない。マウアーは依然として議論を続けていた。

 

 とうとうロングのメンバーが残り一人となった。彼女はユニット時代から一度も髪を短くすることなく現在に至っていた。いわば、ロングヘアーが一つのチャームポイントであり、そうであるがゆえに、ショートにする可能性も低いように考えられていた。

 しかし、何事にも絶対はないことをマウアーはその身を持って理解していた。しかも問題になっているのは個人の髪型である。予断を許さないのが実際のところだった。

 様々な試みを重ねた現在においても、ファンとしてやはり明確な手立てはなかった。とはいえ、最初からそれはそうだった。彼女たちが髪を切りたいと思ったのなら、それを止める方法はどこにもないのだった。。

 

 ある日のことである。残るロングの一人がブログを更新した。

「実は一月ほど前に髪を短くしてました!」

 青天の霹靂だった。しかし、彼女たちにとってみれば、リアルタイムに報告する必要も義務もないのだった。発信がないからと言って、彼女たちの髪型が変わっていないとは保証されないのである。

 マウアーは驚きおののいた。しかしすぐに気がつく。世界は今も続いている。それに、近時において現象に大きな変化が生じたようには思えない。これは一体どういうことか。やはり、声優の髪型と世界の存亡が関係しているなど、世迷い言でしかなかったのだろうか。

 事態はそのつぶやきから数十分後、別のメンバーが自撮りをツイートしたところで明らかとなった。ショートであったはずのそのメンバーの髪は、両肩を超えるほどに伸びていたのである。

 髪を切った報告をタイムリーにする必要がないのであれば、逆もまたしかりである。特に、昨今はイベントの数も大幅に減少し、その身姿が公になる機会も減った。だからファンからすれば、彼女らの髪型が今どうなっているのかなど、厳密には知りようもないのであった。

 ともあれ、結果的に、今において、7人全員がショートになる事態は避けられているということだった。言い換えれば、本当に7人の髪型に世界の命運がかかっているかは、未だ明らかではないということでもあった。

 

 マウアーは一息つくとともに、根本的に自分たちのコントロールが効く問題ではないことを改めて実感した。

 答えは最初からシンプルだった。仮に7人の髪型に世界の存亡がかかっているとしても、結局はなるようにしかならないのだ。できることと言えば、推しの幸せを願う以外にはないのだろう。

 マウアーは長きにわたる苦悩を経て、一つの答えにたどり着いていた。もし7人全員がショートになる時が来ても、ありのまま受け入れるとしよう。何が起きるとしても。世界が滅びるとしても。推しと自分たちの行く末を、最後まで見届けようと決意したのだった。

 

 そして20YX年c月d日h時m分、世界は―